341 限られた時

シルエットも語りかけてくることを最近になって気が付いた。シルエット達との会話は、夕暮れ時に幾つかの条件が満たされた限られた時間帯しか交わすことの出来ない貴重なものだ。しかし彼らは会話を急ぐこともせずゆったりと構えて話し掛けてくる。まるでパイプでも燻（くゆ）らせながら次の言葉を探すようにそれは実にゆったりと。
「レンズを通して見るのもいいが、たまには肉眼で楽しんではいかがかな。」僕はすかさず答える、「カメラを持っている時しか君たちの声は聞こえないんだよ。」それに反論することなくこう続ける。「今日の夕陽と昨日の夕陽とどちらが好きだね？」突拍子もない質問だけど僕もなぜと聞かずに答えてみた、「昨日の夕陽は窓越しにしか見ていないから今日の夕陽の方が好きかな。」
すると今までよりも少し早口に呟くように話した。「私はこの木のシルエットだからこの時間帯しか姿を現すことができない。夜明けの眩しさや昼間の明るさは話には聞いたことはあるが見たことはなく、夕陽の時間帯しか知らないのだ。しかし夕陽のことはよく知っている。夜明けや昼間を知る君と夕暮れ時しか知らない私とどちらが夕陽のことを知っているだろうか。」僕に質問したのか自問自答したのかわからないような口ぶりでこう言い放つと口を閉じてその侭、夕陽を見つめていた。その答えは僕にもわからない。
でも夕暮れ時しか知らない彼の方が、何か僕の知らない夕陽のことを知っているような気がした。